昭和54年2月3日 朝の御理解 【入力者:岡村和一郎】
①×2、②×2、③×2、④×2、⑤×1、⑦×3
御理解第88節
「昔から、親が鏡を持たして嫁入りをさせるのは、顔をきれいにするばかりではない。心につらい悲しいと思う時、鏡を立て、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということである。」とあります。
苦しい時に、たしかに、顔に、鏡に苦しい顔がやっぱり映ります。こそ、ゆがんだような自分の顔に、びっくりするようなことがございます。あらためて、まあ心取り直すということは、なかなかでも、ね、顔(色?)だけでも、まあ変えようと思います。
なかなか心までも、改めるということは、なかなかできませんけれども、心の中には、それこそ萎えておっても、顔にはにこやかに、というのが、まあ普通じゃないかと、こう思うです。
信心を頂いておっても、それがそうに、えー、心までもすっきりというようなことは、なかなかできるもんじゃありません。
昨日、信徒会から出ております「あいよかけよ」という雑誌が送ってきておりました。見せておりましたら、あの俳句の投稿欄がございますよね。そこにこういう句が書いてある。●1「この道も続いてありの秋の道」●という。「この道も続いてありの秋の道」。なんかこれに良く似た句がありましたね。
●7あれは、芭蕉の晩年の句だと言われております。●1→「この道を来る人もなし秋の暮れ」←●というのですよね。何か感じられませんですか。今の教団の姿を、まあ詠ったわけでもないでしょうけれども、そんな感じがしますですね。
「この道も続いてありの秋の道」。まあ、細々ながら続いておる。金光教が始まって100年。100年間の間に、もうたいへんな隆盛な時代があったけれども、この頃は、年々それが信者が減ると言われておる。ね。その「秋の道」というところに、そういうさみしさをか、まあ続いておるけれども、さみしいことになってきたといったようなものを、私はこれを感じた時にです、その芭蕉の句を思い出さしてもらった。
まあ俳聖と、俳句の神様のように言われた芭蕉が、ね、ただ手先だけのというか、口先だけの、うーん、句が多くなって、ね、もう真(しん)からのほんとの俳句が、俳句を勉強しようという者がなくなった。ね。
いわゆる俳句の道を、いわゆる自分の、いわば俳句を本気で、それに求めて来るという人が少ないことを、さみしいというものが、この句の中にはあると言われております。ただ情景を詠ったというだけじゃない。「この道を来る人もなし秋の暮れ」。
教祖金光大神も、やはりそういうような思いをなさっておるのじゃなかろうか。これほどしのすばらしい金光教を、だんだん繁盛して(いく?)、今日の御理解でいうなら「8に8」というように、広がりに広がっていかなければ内容を持っておりながら、さみしくなっていくというのは、どうしたことであろうか、と私は、うーん、思し召しておられるのはなかろうか。そういう現れが、まあ私ぐらいな者のところに、何か現れておるような気がいたします。●
前代未聞の教え、宗教以前の宗教といったような内容を持ち、しかも金光様のご信心は、(庶民?)宗教と言われておるけれども、実際は、万民宗教だ。どこのどういう国に行っても、人にいっても、どんなに頭の明晰な人でも、どんなに頭の、例えば悪い人でも、ね、皆おかげが頂けれる道を、しかも誰でも分かるように、また行じようと思えば、誰でも行じられるように教えておられるのが、教祖金光大神の教えだと、ということを、合楽では、だということを強調する。ね。
ですから、そのところをです、ほんにそうだと分からしてもろうて、気づかしてもろって、それを本気でやる気になるところに、いうならば合楽理念の実証者ということになる。ね、だから合楽でいかに見やすう、分かりよう、誰でも行じられるようにというて説いておっても、それを行じなかったら、やっぱり同じことなんだ。ね。
●5今度のこの、うーん、「あいよかけよ」にようやく、うーん、写真入りで、この中近畿の公開講演のことが、あー小さい記事になってここに出ております。
「今、天地の声をお聞き下さい」というような見出し(が出とります?)。ね。(もしくは?)私は、あの時の私の話は、それこそ天地の声であったと、自分で思うです。ね。だからその、聞いて下さい、聞きましただけではね、だめだということ。ほんにそうだ、なるほどと、こう、ならそれに、いわば、わずかばかりでも共鳴した教会は、たくさんおかげを頂いておるという事実が、こう日々お手紙が来るんです。講演会あれ以来。ね。おかげを受けておる教会、おかげを受けておる人。ね。
して私は一つ、まあ思ったことは、えー、サンケイホールでの公開講演、聴衆が1300名と書いてある。あの時の報道には、中近畿から報道しましたのには1700名とある。この頃から、中外日報が、これはもう宗教の一番大きな新聞と言われておる、中外日報の新聞記者が、あん時に3日間入っておりましたが、それには聴衆2000名と書いてある。おかしいね。同じことが2000名、1700名、今度のには1300ガタッと減って。●
皆さんどう思いますか。たとえそれは1300名であっても2000名と書いたほうがいいですね。それこそ自分の心の中は苦しゅうても、顔にはにこやかにというと、そういうことでもあろうと思うですね。それをもう、そのー根も葉もないようなこと、というのならなんですけれども、やっぱあれだけの、おー、だいたい1700名しか入らんのに、いうなら通路にまで皆椅子を出したというくらいですから、だいたいそのほうがほんとかもしれません。中外日報言ってのがほうが。
●7金光教はあまりにも、いわばクソ真面目といったようなところがあるようですね。特に最近の。だから、あー、今、金光教の信者が50万と言われておるのが、もう実際は30万だというふうに言われておるわけですけども、以前の、例えば大正時代ですかね、そんに、まあ、たく、ぶつだいな、あー、いうなら信者数が実はあったんです。けどもそれはちーっとは山かけてあったのじゃなかろうか。そんなに減ったとも思われないからです。実際のことを正直に、金光教は発表しておる。●
だから宗教、あれは、えー、50万か60万かなからなければ、本当の、いうなら、宗教としては国家が取り扱ってくれないんですよね。ところが今、金光教はそのギリギリのところにあるということです。ですから、ちっとですね、(50万か80万)ぐらい言うてもですね。ところが、まあ、その根も葉もないことは、もちろんいけませんけれども、ね、いわば、中外日報が言っておるように、ね、2000名ぐらいならば、それのほうが、なんか景気がよい、よいように聞える。ね。
●4合楽の場合でもそうです。よいとこばっかり(言や、持ってるども?)、いうならば、よそのどこにもない、いうなら悪いところがあっても、そこは出さない。ね。それこそ、またよい、よいよいばかりの、そのところを言うようなもんじゃないでしょうか。自分の心でもそうです。●
鏡を立ててみて、あまりにも自分の顔が、ゆがんで見えておる時に、ほっと気づいて、「はああ、こんなこっちゃいかん。こんな顔を人に見せちゃいけん」と、まあ心取り直そうと思うけども、なかなか心までも取り直すことはでけんけれども、にこやかにしとるということは、まあいうならば、ごまかしじゃないでしょうか。
●2昨日私は、ある方のお取次をさせて頂いたら、「せい(※漢字が?)」という字ですね、の、おー、が、こんなに歪(ゆが)んでおる字を頂いた。ね。●立派な紳士の方です。ね。けれども、その人の歪んだせい、と言うてもいいでしょうね、だから。うう。
だから、人間だから、というたら、もうお終いです。やはり、そこんところを正す、正しよるところを正していき、それでもなおかつ、ほんとに相すまんことだ、相すまん私だと、分からして頂いたら、謙虚に、やはり詫びるより他に手立てはないのです。
私はこの神様は、まあ面白い神様と言や、面白い神様ですよ。こちらが、ほんとにもう、いうならば悲しいと、神様も一緒に悲しんで下さる。こっちがニコニコ笑いよると、神様がニコニコ笑うて、向こうて下さるような感じの神様です。
●3私昨日、一つのことが分からして頂いた。私はいつも4時のご祈念をさせて頂く時に、「ただ今から、4時のご祈念をさせ頂きます」と。だから小用に立ちたい時には、「ただ今から、小用に立たせてもらいます」というて、立って行かんと、30分間そのご祈念しとる間に、もう小便ば行くごとあっとに、辛抱してからご祈念した( ? )、よかご祈念がでけん。
だから、そのことをお願いするとですね、●2→神様が、必ずもうそのままと頂くです。もう行くなと、便所には行くなと、そのまま座れと、こう頂くんです。ね。←●ところが、それではほんと良いご祈念がでけんのです。それでこちらが、「もう行きたいから、立たせて下さい」とお願いすると、お許し頂くです。
だからか、私はここんところがね、お伺いというようなことでもね、ただ私は神様任せになっとる、神様任せになっとるというても、例えば、(ここでいうの?)高橋さんのように、もうそれこそ、もう、それこそ、おー、箸の上げ下ろしに至るまで、といったような。
私はこの頃、自分で考えてそこは分かるじゃんの、答え出るじゃんの、いうごたることは、そりゃあ、あんたが思うとるほうがよかばいっち、この頃は、そういうふうなお取次さして頂くんです。あまりにも、その、いうならば、分かりきったことをお伺いをする。 それではね、えー、ほんとに神様任せでおかげを頂いておるようであって、いや、神様ていう方は、(伺うと?)神様の思い通りに教えて下さるです。信者が今そこで損しようが得しようが、そのことは問題じゃないような場合があるんです。ほん、ね、だからほんとと言や、それがほんとなのですけれども。ね。
私どもはそこが人間ですから、鏡を立ててみて悪い顔がある。んなら、それを一遍に良い顔にすることはできないけれども、ね、それをなら、まあ、ごまかすことになりましょう。心(には泣き?)よって、顔ニコニコするということは。
なら、ほんとに小便に行きたいなら、小便に行きたいと言うて、願ったが本当だということなんです。いや、本当というよりも、それが、私は人間らしいことになってくるんじゃないか。昨日このこと私分かして頂いた。
右がよいか左がよいかて、もう右がよかごとは、もうちゃんと分かっとるじゃないか。それをお伺いをすると、反対、損するほうを、「こっちがよい」と神様がおっしゃるような、そういうところがあるんです、この神様は。ね。
だから、どうにも、やはり自分では、どうしてよいや分からんという、迷いの起こっておる時には、私はお伺いをせんならんけども、もう小便に行きたいのなら、行きたいというてお願いする、神様すぐ許して下さるんです。
で、今から小便に行きたいばってん、ぇう~ん、どうしましょうかと言うと、「もうそのまま辛抱してから座れ」と神様が。というふうに、いや、ほんとですよ。ああ。私昨日そのことを、あの気づかせて頂いたんです。
研修を終わってしもうてから、すぐご祈念するんですけども、えー、どもあのー、便所に行きたい。だから、あの、お願いをしてる。立たして頂いて、そして、あの、気持ちのよい、ゆっくりご祈念がでける。
人間は、人間には、そういう生き方を、ほうが、まあ利口な生き方というでしょうかね、そこにね、いわゆるあの、神様が、それが、んなら本当じゃなくってもです、それが歪んだことであっても、それに、それを、ね、歪んでおるものとせずに、神様が受けて下さるようなところがある。ね。●
●7金光教では、いうならば、あまりにも、いうならば実意丁寧、ね、例えば正直といったようなことを申しますから、ほんとに正直にすることが信心だと思っておるような。ね。肝心要のところが抜けておりながら、そういうところだけ、こう、なんと言うでしょうかね、うーん、ま、きちっとせ、ほんとなことにしていくようなことを、本当なことだというふうに思っておるような向きが、私は今度のこれに、見ながら感じた。ね。
そういうところにです、それこそ、この道を、いうならば、来る人もなし秋の暮れであり、この道も、ね、続いてありの秋の道という、さみしい感じの教団ということになっておるのじゃないだろうか。●
いかにそれが本当でないかということは、日本の宗教が、私のほうは1000人、私のほうは2000人と、こう発表しております。それを皆集めると、今の日本の国民の倍になるそうですからね。いかにデタラメだ、かということが分かるでしょうが。
●4うちは100万おるというて、んなら50万のつを倍に言うとるから、日本の国民の、いや国勢調査の時に調べる(宗徒?)との倍あるっちゅう、宗教しとる者が。ね。いうならば、それがほんとでないかということが分かるけども、やはりです、人が助かることのためには、ね、んねっ、やはり嘘も方便というようなね、ええ、嘘っぱちになってもならない。
けれども、それがおかげを頂くことのためならばです、今、金光教が、ね、50万がもう30万(には足らん?)というようなことは、新聞の上に書くわけで、出てくるわけですけれども、そういうこと言わずに、ね、少しずつぐらい、実際、その増えておるような、まあ、表現はないもんだろうかと思います。●
今日私は、ね、えー、鏡を立てて、自分の歪んだ顔に気づかしてもろうて、そしてそれを、正していくということ。が本当だけれども、なかなか一遍には正されない。ね。心に泣いて顔にニコニコしとるというぐらいなことである。けれども、それが本当だと分かったら、それをほんとに心からニコニコできる私に精進しなければならないことは事実だけれども。ね。やはり腹を立てておる、いうならば憂鬱な顔をしておるという、それを、そのまま外に出すということは、本当ではない。
●3まあ今日は、そのと、そういうところを、私、焦点に今日は聞いて頂いたつもりですけれども。ね。お互いの信心の上にもです、この神様は非常に、( ? )デリケートと言や、こんなデリケートな神様はない。
「もう今日はもう、有り難うして有り難うとして」と言うたら、神様も一緒になって有り難うなって下さる。「もう今日はおかしいことがありました」と言や、一緒になって笑うて下さる。ううん。ね。●
ですから、私どもは生きていかなければならない。ですから、私どもはその生きていく上にです、ね、これのほうが生き良いという道を求めておるのですから、ね、そこはでけんところは、お詫びさせて頂いて、お願いをしていく。そこに、神様がでけたかのようにして受けて下さるという面があるというようなことを聞いて頂きました。どうぞ。